こずえレディースクリニック 院長ブログ:東京都目黒区祐天寺駅近く女性外来・心療内科「こずえレディースクリニック」布施梢院長ブログ

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年初めのリセット

明けましておめでとうございます。年の初めほど人生の区切りを意識する時はないでしょう。数年前に私は大病をしました。その回復過程で、体にゆっくりと力が戻ってきたあとに自分がリセットされている感覚を持ちました。病んでいたのは腹部に限定されているのに高熱を発して体全体が反応し、まるでエネルギー波動が「復活せよ」という情報を全細胞に激しく送り込んでいるようでした。以前に風邪やけがで休んでいたおりに同様な感覚はありましたが、その時初めてリセットという感覚を明確に意識しました。生物学的には、細胞は臓器、器官別に生育サイクルが異なります。粘液細胞のように数日で生まれ変わってしまうものから骨細胞の数年かかるものまで非常に多彩です。また年齢とともに生育サイクルの時間は延びてきます。だからある時期にラインを引いても、全ての細胞が新生しているわけではないのです。ゆえに細胞の新生とリセット感覚は同じ現象をとらえたものではないのでしょう。私は昨年、年女で還暦を迎えました。その時も自分がリセットされた感覚があり、還暦で赤子にかえるとした古人の観察力の深さに驚きました。

2008年01月01日 | トラックバック (0)

ものの見方と体の関係

人と語らうことは生きがいの大事な要素を占めている。
お金がなくても、時と場所を選ばずに語り合えるし、年齢も体力も必要ない。
スポーツや読書、絵画、音楽を奏でたりするには、手足の関節を傷めたり、白内障で目がかすんでいたりすれば容易ではない。
でもその点、おしゃべりは大部分の人が簡単に行えるものだ。
どれだけ楽しいかは井戸端会議といわれるものが立証している。
だが、面白くないおしゃべりもある。
人が面白いと考える話の内容には不可欠の要素がある。
それは話し手のものの見方であり、その人独自の考え方である。
誰かがどこかで言っていたような、結論までも予測できるものをさも自分の意見のように
披露されるのはたまらない。
では、その人独自のものの見方があり得るかしら?
今までの私の体験では、結構グループ分け出来る気がする。
見方は、視力に影響されている。
すなわち、近視の人はいわゆる近視眼的なものの見方が身に付いているのではないか?
身近なものに焦点を当て、細やかに気を配り、自分の世界を大切にするような。
遠視の人は遠くがみえすぎるので大局を重視するように。
また、老眼はどこも見えずらいから、すべてがおぼろではっきりしない?
さらに見方に影響を与えるものは体の大きさだろう。
体が大きく目の位置が高い場合、敵を早く見つけられるので仔細なことにこだわらないような気がする。
ところが体が小さいとわずかなサインを見落としたことが生存を左右しかねないから、結構いろいろうるさいかもしれない。
現代社会には、体のわずかな差が生命の危機をもたらすような外敵はいないのだが、でもなんとなく当てはまる人が多くない?

2007年10月01日

さらに幸せになれるかもしれない方法論

カルチャーセンター初体験の巻

10年前の私は、老後について全く考え無しのバカ者だった。だが、親友の死をきっかけに余生をどうやって、面白おかしく生きようかと真剣に考え始めた。そこで趣味を持つことにした。面白味のない人物と評されていた私は無趣味だった。

知人の勧めで近所のカルチャーセンターの写真教室を受講することになった。私が申し込みの最終人であり、5人で講座が成立する5人目であった。
だから、写真教室初日は最重要人物の気分がして妙に浮かれていたので、授業に遅刻してしまった。
教室に入ると熟年~中年の男女4人がねめるような視線を送ってよこした。机の上には、氏名、年齢の記されたプリントが既に配られていた。
そこには申し込み時に、若年に存在価値があるだろうと配慮して、干支が同じだからと12歳サバをよんで登録してあった私の年齢が記載されていた。

彼らは若いはずの女を待って講義を始められずにいたのに、そこへよく見ると自分達と同年配の態度のデカイ女が出現したので、儀憤で苦虫を噛み潰したような心地になったらしい。
写真撮影の経験者である彼らは、人物への観察眼が鋭かったが、初心者の私はそんなこと知らなかった。だから年齢がバレたことに気づかず、最前列に着席した。

その後の2時間、背後に反好意的な空気をジワッと感じたが、そ知らぬふりしてトーンを上げた若作りの声で、無知丸出しの質問をしまくった。
あまりに初歩的な質問で先生は仰天して、私につきっきりとなった。
その間、熟年~中年男女はブスッと黙り込んでいた。
講座が終了し、私は意気揚々と帰ろうとした。
教室の他の4人は先生を囲んで、時間内で話せなかったことがあると訴えていた。
『では、お茶でも飲みながら質問に答えましょう』という話になったらしい。
喫茶店に移動して行くので、私ものこのこ着いて行った。
最後に入ると、私の席はなかったので、他からイスを持ってきて一番外側の席にくっつけた。
それからの時間は専門的な知識が飛び交う会話についてゆけず、じっと自分の手相を見ていた。
帰宅時に思った。
「教室にうまく溶け込めそうもないから、これで止めよう。」
しかし2週間後、2回目の講座に出席していた。

ここから、カルチャーセンター初日の私の行動を分析してゆくことにする。
心理学のひとつの考えに認知療法がある。自我の状態を判断するのに便利なので、今回の分析にも利用しよう。
まず、カルチャーセンターの写真講座を選ぶ時、常識ある社会人ならば、カルチャーセンターには体験入学とか見学という事前調査のできるものがあることや、もしくは友人、知人で写真教室に通っている人の情報を手に入れる手段があった。
そこで写真に興味を持つ人の年齢層が高いことや、対象を良く見ることが撮影の第1歩なのだから、写真家の鑑識眼は厳しいものだと推理できたはずである。
しかし、私は大事なデーター集めをしないで、いきなり申し込みに行き、あろうことか、年齢を一周り偽ってしまった。
これは若くありたい、若く見られたいという欲望に目がくらみ、他人からどう見られているかという現実を無視した結果である。そのため、仲間から嘘つきなヤツと思われたのに、私の感受性に問題があり、そのことにも気づかなかった。
そして仲間外れにされるという事態に落ち入ってしまった。
すなわち、瞬時の判断を理性より感情を優先させた結果が招いたことである。
若作りをしていることがバレたならば、潔く頭を下げて、
「歳を偽って悪うございました。」と言えばよかったのだ。
これが正当な成人の答弁であるが、幼稚な部分が残っている私は、
『そんなこと出来ない!』と居直ってしまった。
またまたあろうことか、周囲を無視して言いたい放題で、得意になっていた。
これを大人気ないというのである。
他人の目を気にせず、無作法に近いことを成人女性が行うというのもかなり問題だわね。

喫茶店での仲間はずれの仕打ちにめげて、もう写真教室を止めようかと悩んだのは、周りの社会から優しくされたい、いたわられたいという思いが強くあったからだ。
でもこの思いも持続せずに2週間後には同じ行動パターンを取っているのは、冷静な判断力や損得勘定が出来ていないことに原因があると思われる。
言い換えれば,この楽天性がトラブル多い人生をなんとかやってゆける鍵でもあるのだ。

その後の展開は、熟年~中年男女4人のプライドを私の幼稚さと身勝手さが結果的にくすぐることになり、一件落着となった。

教訓①:長いものには巻かれよう。年寄の入った人はそれなりの知恵を持っている。あなどってはイケナイ。

教訓②:初っ端から地を出そう。最初にイイ子ぶると次第に評価は落ちるが、その逆でゆけばいい。

2007年09月28日

しあわせになれるかもしれない方法論

しあわせな人生を望まない人がいるかしら?
幸福の青い鳥を求めて旅に出かけられるのは〝寅さん〟ぐらいだろう。
普通の人は限られた環境と社会の中で、昨日に続く時間のうちに何とか〝しあわせ〟な状態を作り出さねば、〝しあわせ〟は縁遠いものになってしまう。だから身近なところで青い鳥を見つけだす工夫をしてみようと思う。
〝しあわせ〟な状態って、どんな時をいうのかしら?
ものすごく嬉しい時は、ちょっと違うような気がする。だって交感神経が過緊張状態にあるから、この状態を維持するのは体に悪いのではないかしら。少し退屈していて、花に水をやったり、料理の本をめくったりしている時に、フンフンと鼻歌が出ている状態が一番近い気がする。
では効率よく、この状態に到達する手段を考えてみましょう。〝しあわせ〟な状態には大きな心理的ストレスがないことが条件だ。心理的ストレスは生活上、必ず遭遇するものなので、これを上手にかわす自分流の方法を持っているのが好ましい。
例えば大きなストレスの一因に環境の変化がある。変化した環境に適応してゆく時、対応の仕方でストレスを増大させずにすむこともある。
「あの場面で、違うやり方をしていたら、今よりずっと良い結果になったはずなのに・・・。」と後悔し、身もだえすることは数限りない。それなのに、こりずに同じ間違いを重ねてしまうのは、ストレスをかわす自分流の方法が確立していないことに原因があるのだ。
そこでこのストレスのかわし方について、私の過去を検討しながら次回から考察していこう。

2007年09月27日

結婚するときの決め手はなに?

「この人と結婚していいのかどうか、いつもわからないのです~?」
と言っているウメチャンへの回答です。

いろんな条件がそろってるのが良いにきまっているけど、
そんなにうまくいくはずはないのよ。
自分の周囲や両親、兄弟を見ればわかると思うわ。
レベルはそこらへんネ。

では、ファーストチョイスをなにでいくか!
昔、イギリスのおばあさんに聞いた話よ。

『歯ブラシテスト』というのがあって、
恋人の歯ブラシを使える気になったら
結婚しても良い~んですッテ。

ちょっとゲッとなるけど、イザという緊急時なら
使える程度でもいいんじゃない?

これは生理的嫌悪感(―懐かしい言葉だわ―)がないということね。
想像するだけで実践しないほうがいいわよ。
虫歯菌なんかもらったらたまらないもの。

次にセカンドチョイスよ。
素直な人、すなわちだましやすい人がお勧めだわネ。
教育しがいがあるから、
女の人生は大半が教育に費やされるのよ。

子供をガリ勉(―これも懐かしいわ―)
にするのが教育だと勘違いされては困るの。
社会を教育するのよ! (―大きく出たけど、大志にこしたことはないの、
ダメでも小志ぐらいになるから)

社会の突端は夫だから、そこをしっかり固めておけば
子供は後をついてくるわ。

でも教育の結果がわかるのは30~40年先
になるのが、欠点といえばいえるわね。

ウメチャン、これは絶対条件よ。

2007年09月22日

クラス会

卒業後38年の第8回クラス会が先日催された。
この数年はみな人恋しく思うせいか、毎年開催されている。
年々出席者が減っているし、顔ぶれも固定されつつあるので、あまりの様変わりで誰かわからないというほどでもないが、それでも合うとびっくりすることが多い。
まず病気と仕事の話が行き交って、次第に自慢話になるのが通例だが、今回は少し違った。
泊りで初めてのクラス会だったせいかもしれない。
宴会はいつもどおりで2次会に移った。
ホテルのさほど広くない一室で、参加者全員が顔を寄せあい深夜まで話し込んでいると、今までの宴会用に張り付けた外装は剥れて、それぞれの地が出てきてしまう。
そして入学スタート時からの変身するさまが地の上に浮かび上がる。
その作業の過程で、学生時代からあまり交際のない人は、勝手に思い込んでいたイメージをどんどん壊してくれるし、新たな発見をさせてくれる。
卒業後に割と交流があった人でも、さらにこんな面があったのかと驚かされるのだ。
生身の個人を全人的に知る体験は、経験の中で最上のものだと思う。
長時間一緒にいる状況がもたらす影響力でこの体験を味わった。
だから級友が特別な存在になるわけがわかった。
多感な時期、教室で一緒に学んだその時間の合計数は全人的理解に必要な条件の1つなのだ。
こうして年を経るごとに変化を知る幸せを感じさせてくれるものはクラス会がトップだろう。
だからクラス会には絶対に参加したほうが得だと思う。

2007年09月19日

うつと性格

うつになりやすい性格がある。
一般的には、完璧にしないと気が済まない完全主義的性格や、些細なことで自信をなくしやすい自信喪失性格があげられる。
性格をすぐに変えることは難しいし、個性を形作ってきた重要なものだから大切にしたい。でも生活するのに好ましくないところは少ないほうが便利だが、意外と自分の性格を知らない人が多い。
そこで性格を知ることが重要になる。(クリニックでは主にエゴグラムを使用して性格分析を行う)
自分の性格が分かってくると、自分の取りやすい行動の対処の仕方が容易で間違いのないものになる。
たとえば計画を立てて実行に移す場合、長期的に理想を掲げてコツコツ努力するのが合っている人もあれば、短期戦で突っ走るほうがうまく行く人もいる。
人付き合いも、和気あいあいといつも人の輪に身を置くほうが幸せな人がいるし、一人の時間を多く持って楽しむほうが合っている人もいる。
恋愛も、熱しやすく冷めやすいタイプ、献身的につくすタイプ、世話をし過ぎて相手からうとましがられてしまうなどいろいろある。
仕事を選ぶ時も、いつも周囲に気配りして遠慮がちな人が、競争の激しい利益追求型の職場が合うはずがない。
すなわち、性各で行動の取り方をそれぞれ目指す方向に変えねばならない。
ここで性格を知ったうえでの注意点は、『こころ』を変えるのではなくて、自分に都合が悪い『行動』を都合の良いものに変えることにある。
そして行動を変えようと思っていたら、粘り強く何回もトライすることだ。粘らなければ自分のものにならない。
例えば、うつになりやすい人は優しいから、他人に押しつけがましい行動はとれないので、つい相手に押し切られてつらい思いすることが多い。
このとき、自分の意思を伝える方法を知って、それを粘り強く実践することが大切なのだ。

2007年09月18日

恋とうつ病

失恋するとうつになりやすいだろうか?答は否である。
完全に恋を失った時、悲しいし淋しいがうつ病にはなりにくいようだ。
恋がこわれてゆく速度に応じて、急性ストレス反応になったり、適応障害になったりするが必ず立ち直る。
ではどんな恋の状態でうつになるかを例をあげて述べてみよう。

彼女は実家から離れて専門学校へ通っていて、そこで彼と知りあい恋するようになった。
彼が就職のため上京すると、彼女は学校を中途でやめて一緒についてきた。
二人は将来結婚するつもりだったので東京で同棲を始めた。
そして彼は新しい職場へ通いだし、経済的な面倒をすべてみていた。
彼女は働こうとするが気に入った働き口がないので、家で家事だけをこなして彼の帰りを待った。
都会には友達もいないし、土地勘もなく、自由に使えるお金もなかった。
しだいに、狭いアパートでプライバシーを保てる空間がないので、彼がいると息が詰まる感じになった。
また、彼もはじめは食事を作って待ってる人がいるのがうれしくて、早く帰宅していたが3か月過ぎたころから、仕事が忙しくなるとそうもいかずに彼女の存在が重くなってきた。
彼は家にいると不機嫌になり、次第に口をきかなくなった。また二人の間で喧嘩も増えた。
彼女が自分のどこが悪いのか言ってほしいと彼に頼んでも何も答えない。
彼は自分でもなぜ不機嫌になるのかわからなかったのだ
彼女はもう愛されていないのではないか、捨てられてしまうのではと心配が深まった。
すると数年前の摂食障害が再発してしまった。一人になると手当たりしだいに気持ち悪くなるまで食べて吐くという行為が連日続いた。
預金も底をつき、彼に迷惑をかけるのもつらくて、収入のためアルバイトを始めることにした。
コンビニで朝9時から夕方まで働いて、急いで帰宅し、夕食を作って彼を待ったが、過食がひどくなってきたので彼と一緒には食事をとらなかった。
摂食障害が知られてしまうと彼に嫌われると思い、落ち込むことが多くなった。
夜中に起きだして、トイレで食べて吐くこともした。
眠れなくなり、すぐ目が覚める。疲労感も強い。
仕事も得意でなかったのにさらに間違いが多くなり、店長にこっぴどくしかられた。
ぼおーとしていて遅刻したり、店の客に注意されると急に涙が出て止まらなくなる。
同僚がそれを見て噂しているのもつらかった。
眠れずに朝を迎えると、息苦しくて強い不安感に襲われて出勤ができず、体調不良で休みたいと電話してからそのままずーっとアルバイトを休んでいる。
一日中、暗い部屋に閉じこもって、電話にも出ない彼女を心配して彼が心療内科の受診をすすめた。

診断は軽症うつ病である。
では、どうして病気になったのか、防ぐ手段があったのかを次回お話します。

2007年09月16日

うっそー、これが氣の色?

それは、だらしない合掌みたいに少し掌が開いた間から、人差指の先に白い煙のようなものが立ち昇っていた。
「何、コレ!」 と見ていると、手全体が白い霧の手袋をはめたようになり、指の間から薄く黄色い輝るものがオレンジ色に変わったり、薄紫に変わったりしてなんとも忙しいのだ。
それは手のひらどうしを30センチほど離してしまうとわからなくなった。
そうか、これが氣の色なのだと妙に納得した。
またまた嬉しくて、氣の背景の色を変えるために、あちこちの場所でウルトラマンシュワッチポーズをやりまくった。
一通りやったので今度は鏡の前で試したとき、またまた「何、コレ!」
鏡の中の私の頭の周辺に、白いモヤと黄色い雲のような塊があるではないか!
それは見えたりかすんだりしている。
これって自然の法則を無視しているけど、イイの?って気になってきた。
そこで体験は一度打ち切って翌日、再度検証することにした。
翌朝少し早めにクリニックへ行き、皆に『氣』が出た話をして実証することになった。
受付嬢は数年来の腰痛で悩んでいるので丁度いいから『氣』で治してあげるということで
実験第1号である。
おもむろに彼女の肩に両手を置き、ウッと気合を入れたつもりでしばし沈黙する。2分ほどすると彼女がおびえた声で言った。
「先生!腕が重くなってきました..アッ、指先が熱くなってます..体中がチリチリして
何か走りました!」
そして肩から手を離すと腰痛が軽くなっていた。
後で聞いたが、その夜に完全に痛みは消えて約2週間その状態が持続した。

2007年09月15日

うっそー、氣が出た?出た...

今年の6月から氣功を習いに行っている。
そのきっかけは一人の若い女性であった。
私のクリニックの初診者の大部分は、何カ所か他医院を回ってから当院を受信するが、何年もたくさんの薬が投与されているために、こちらでは打つ手がないこともある。彼女もかなり重症で、医者から休職するように言われていても、経済的理由のために休めないでいる。薬の副作用も強く、カウンセリングを受ける気力もない状態で椅子にうずくまっていた。私にできたのは彼女の手にそっと触れることだけだった。
情けない!もっと私に力があればと悔やんだが、それでも彼女は少し落ち着いたようであった。
そこで考えた。もし私に氣の力のようなものがあったら、彼女のような人に直接気力を送り込めるのにと。そこで九州まで習いに行った。
4回、氣功講習を受けた後のある日、私のアルバイト先で氣功の修練をした人に会った。彼は氣が出ているとはどういう状態なのかを教えてくれた。そして私から強い氣が出ていると指摘した。
「オオー、これが氣だ!」
手のひら側がすこし熱くなり、チリチリしたむづがゆい感じの静電気ににたものが指の際を走っている。嬉しくて帰宅するとすぐに同じことを試した。

続きは明日ネ

2007年09月14日

アンチエイジング

昨日、取材をうけた際にアンチエイジングの話が出た。女性外来にアンチエイジングがどう結びつくのかという質問だった。
女性が健やかで美しく生きてゆきたいと願う時、そこに少しでも若々しくありたいという気持ちがあるのがあたりまえじゃないかしら?無いと答える人がいると思う?
私はブスだけど、ありがたいことにとても若く見える。私の家族は老けているものが多いので遺伝的なものではない。
外見の若さは内臓の若さと比例しているらしいから、若く見える人の生活習慣はためになるはずだ。そう考えて、私の生活習慣を押し売りするために診療内容にアンチエイジングを加えた。
アンチエイジングの第一のポイントは体重の維持である。
ちなみに私は45年間同じ体重である(妊娠時を除いて)。しかし無理はしない主義だ。
メタボリック症候群で示されるように、肥満は万病のもとであるが若さの大敵でもある。
でも単に痩せているだけではダメよ。ちょうどいい塩梅というのがある。
料理も人生も塩加減が大事ね。
その他ちょっとしたコツがあるけどまたの機会に書きます。

2007年09月12日

優しい人

昼過ぎに土砂降りの雨の中、ずぶぬれになって来院した若い女性のカウンセリングを行った。
彼女は初診時重症のうつ病であったが、3か月過ぎた今では意欲的に仕事に取り組めるくらいに回復している。しかし時々、落ち込む日があるのでまだ油断はできない
最近の彼女にしては珍しく、しょんぼりとして語りだした。
昔別れた彼から連絡があり、大きな手術を受けることになったのでその前に会いたいとの話だった。何回か浮気をして、そのたびに暴言を吐き、金をせびり、人を傷つけて、その仕打ちにたまらずに逃げ出した女に、よくもぬけぬけと言えるものだと彼女は苦笑した。うつ病の回復と同時に新しい恋人が出来たので、いまさら会う気はないという。しかし彼女の顔には彼を心配する情があふれていた。
どんなに裏切られても最後に許してしまう彼女の性格を男は知り尽くしている。最終的な面倒を彼女に見させる腹で連絡を取ってきたのだ。それを知っていながら、気づかぬふりで会いに行こうとしている。
根底にあるのは自我をこえた観音菩薩のような優しさなのだ。
あまりに優しい人は菩薩なので、人は彼女に優しさを求めて手を差し出すが、彼女より優しくない人たちは何を見返りに贈るつもりなのか?神、仏ならば無償の愛もあるだろう。でも人間にはつらい。
女性のうつは優しすぎる人に起きるのだ。

2007年09月11日