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2007年10月01日
ものの見方と体の関係
人と語らうことは生きがいの大事な要素を占めている。お金がなくても、時と場所を選ばずに語り合えるし、年齢も体力も必要ない。
スポーツや読書、絵画、音楽を奏でたりするには、手足の関節を傷めたり、白内障で目がかすんでいたりすれば容易ではない。
でもその点、おしゃべりは大部分の人が簡単に行えるものだ。
どれだけ楽しいかは井戸端会議といわれるものが立証している。
だが、面白くないおしゃべりもある。
人が面白いと考える話の内容には不可欠の要素がある。
それは話し手のものの見方であり、その人独自の考え方である。
誰かがどこかで言っていたような、結論までも予測できるものをさも自分の意見のように
披露されるのはたまらない。
では、その人独自のものの見方があり得るかしら?
今までの私の体験では、結構グループ分け出来る気がする。
見方は、視力に影響されている。
すなわち、近視の人はいわゆる近視眼的なものの見方が身に付いているのではないか?
身近なものに焦点を当て、細やかに気を配り、自分の世界を大切にするような。
遠視の人は遠くがみえすぎるので大局を重視するように。
また、老眼はどこも見えずらいから、すべてがおぼろではっきりしない?
さらに見方に影響を与えるものは体の大きさだろう。
体が大きく目の位置が高い場合、敵を早く見つけられるので仔細なことにこだわらないような気がする。
ところが体が小さいとわずかなサインを見落としたことが生存を左右しかねないから、結構いろいろうるさいかもしれない。
現代社会には、体のわずかな差が生命の危機をもたらすような外敵はいないのだが、でもなんとなく当てはまる人が多くない?
投稿者 kozue : 15:51