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さらに幸せになれるかもしれない方法論
カルチャーセンター初体験の巻10年前の私は、老後について全く考え無しのバカ者だった。だが、親友の死をきっかけに余生をどうやって、面白おかしく生きようかと真剣に考え始めた。そこで趣味を持つことにした。面白味のない人物と評されていた私は無趣味だった。
知人の勧めで近所のカルチャーセンターの写真教室を受講することになった。私が申し込みの最終人であり、5人で講座が成立する5人目であった。
だから、写真教室初日は最重要人物の気分がして妙に浮かれていたので、授業に遅刻してしまった。
教室に入ると熟年~中年の男女4人がねめるような視線を送ってよこした。机の上には、氏名、年齢の記されたプリントが既に配られていた。
そこには申し込み時に、若年に存在価値があるだろうと配慮して、干支が同じだからと12歳サバをよんで登録してあった私の年齢が記載されていた。
彼らは若いはずの女を待って講義を始められずにいたのに、そこへよく見ると自分達と同年配の態度のデカイ女が出現したので、儀憤で苦虫を噛み潰したような心地になったらしい。
写真撮影の経験者である彼らは、人物への観察眼が鋭かったが、初心者の私はそんなこと知らなかった。だから年齢がバレたことに気づかず、最前列に着席した。
その後の2時間、背後に反好意的な空気をジワッと感じたが、そ知らぬふりしてトーンを上げた若作りの声で、無知丸出しの質問をしまくった。
あまりに初歩的な質問で先生は仰天して、私につきっきりとなった。
その間、熟年~中年男女はブスッと黙り込んでいた。
講座が終了し、私は意気揚々と帰ろうとした。
教室の他の4人は先生を囲んで、時間内で話せなかったことがあると訴えていた。
『では、お茶でも飲みながら質問に答えましょう』という話になったらしい。
喫茶店に移動して行くので、私ものこのこ着いて行った。
最後に入ると、私の席はなかったので、他からイスを持ってきて一番外側の席にくっつけた。
それからの時間は専門的な知識が飛び交う会話についてゆけず、じっと自分の手相を見ていた。
帰宅時に思った。
「教室にうまく溶け込めそうもないから、これで止めよう。」
しかし2週間後、2回目の講座に出席していた。
ここから、カルチャーセンター初日の私の行動を分析してゆくことにする。
心理学のひとつの考えに認知療法がある。自我の状態を判断するのに便利なので、今回の分析にも利用しよう。
まず、カルチャーセンターの写真講座を選ぶ時、常識ある社会人ならば、カルチャーセンターには体験入学とか見学という事前調査のできるものがあることや、もしくは友人、知人で写真教室に通っている人の情報を手に入れる手段があった。
そこで写真に興味を持つ人の年齢層が高いことや、対象を良く見ることが撮影の第1歩なのだから、写真家の鑑識眼は厳しいものだと推理できたはずである。
しかし、私は大事なデーター集めをしないで、いきなり申し込みに行き、あろうことか、年齢を一周り偽ってしまった。
これは若くありたい、若く見られたいという欲望に目がくらみ、他人からどう見られているかという現実を無視した結果である。そのため、仲間から嘘つきなヤツと思われたのに、私の感受性に問題があり、そのことにも気づかなかった。
そして仲間外れにされるという事態に落ち入ってしまった。
すなわち、瞬時の判断を理性より感情を優先させた結果が招いたことである。
若作りをしていることがバレたならば、潔く頭を下げて、
「歳を偽って悪うございました。」と言えばよかったのだ。
これが正当な成人の答弁であるが、幼稚な部分が残っている私は、
『そんなこと出来ない!』と居直ってしまった。
またまたあろうことか、周囲を無視して言いたい放題で、得意になっていた。
これを大人気ないというのである。
他人の目を気にせず、無作法に近いことを成人女性が行うというのもかなり問題だわね。
喫茶店での仲間はずれの仕打ちにめげて、もう写真教室を止めようかと悩んだのは、周りの社会から優しくされたい、いたわられたいという思いが強くあったからだ。
でもこの思いも持続せずに2週間後には同じ行動パターンを取っているのは、冷静な判断力や損得勘定が出来ていないことに原因があると思われる。
言い換えれば,この楽天性がトラブル多い人生をなんとかやってゆける鍵でもあるのだ。
その後の展開は、熟年~中年男女4人のプライドを私の幼稚さと身勝手さが結果的にくすぐることになり、一件落着となった。
教訓①:長いものには巻かれよう。年寄の入った人はそれなりの知恵を持っている。あなどってはイケナイ。
教訓②:初っ端から地を出そう。最初にイイ子ぶると次第に評価は落ちるが、その逆でゆけばいい。
2007年09月28日