こずえレディースクリニック 院長ブログ:東京都目黒区祐天寺駅近く女性外来・心療内科「こずえレディースクリニック」布施梢院長ブログ
2010年06月19日

お伊勢さまは畏れ多いところでした

前回、神様のお引越しに興味を持ったことで、結果として神様の中心的存在である伊勢神宮に参拝したくなって、早速行きました。その日は到着時刻が遅かったので、とりあえず駅前で夕食を取ってからホテルを探してぶらぶら歩きました。40数年前に一度訪れていますが「赤福」を食べた記憶しかなくて、また今回も下調べせずに突然来てしまい、これからどうしようと途方にくれながら外宮の前までやって来ました。でも神様の気配がしません。「神様は今回もお留守かも?」と不安になりましたが、翌朝早起きして詣でました。参道に入って鳥居をくぐり15mほどのところから強い氣のようなものが感じられ期待感が高まります。豊受大神宮の南御門のところで御正宮を拝むのですが、足元がふらつくほどの強い力が風のように噴きつけていました。それは地底の巨大なマグマのような測り知れない力であり、その前では善も悪も消し飛んでしまうほどの恐ろしいもので人の存在は砂粒にも値しないようでした。打ちのめされた心地でその場を辞して三ッ石のところに来ました。そして、ついうっかり石に触れてバチが当たりました。右手が感電したような感じで中指が動かなくなったので、池の方向に逃れて行くと観光客が小さな石橋のところで写真を撮っています。私も亀石の上で池をボーっと見ていると左足が先ほどと同様にしびれてきて不整脈が出始めました。とても耐えられなくなって境内の外に出ると、不整脈は2時間ほどで消失しました。その後は前より元気が出て来た気がしました。

午後から内宮へ行きました。宇治橋を渡ってほどなく、ホンワリした暖かい(遠赤外線効果に似ている)感じがしてきて、その感じは境内全体に満ちていました。御正宮を参拝した時も感じが強まるだけで外宮で感じた恐ろしさはまったくありません。内宮、外宮ともそれぞれに穏やかな「和御魂」と勇敢な「荒御魂」を祭っているはずですが、感じられる「氣」の違いはどこから来たのでしょう。内宮に祭られている天照大御神様の境内では力の元が何かに覆われたような感じの柔らかな波動に感じられます。それに比して、外宮では強い鋭い焼くような波動でした。これは神様の性格によるものでしょうか?役割のせいでしょうか? それとも天照大御神様は再び天岩戸に入られて半分顔を隠されているのでしょうか?

ぼんやりそんなことを考えながら内宮を後にして「おはらい町」を歩いていると、通りは賑やかでイベントもあるらしく、若者が喜びそうな時世に乗じたお店が並んでいて祭りの雰囲気がありました。それに較べて外宮のある駅前に活気が無かったのが気になりました。市街地の真ん中に位置するのに閉店している店が目立ち、ビルも老朽化したものが多いようです。現代人が伊勢詣でをしなくなったとはいえ この違いはかなりのものです。内宮は皇大神宮ですが、皇族の方々は両宮を参拝されるはずだし、神社仏閣は無税だから街の経済に関与しているとは思えません。天照大御神様がお呼びになった豊受大御神様を地元民が軽んじるはずはないけれど、外宮は5百年近く遅れて建立されているので新参者の扱いなのでしょうか?どうも私には「氣」の種類が関係しているように思われました。外宮の激しい氣は近くのものを弱らせてしまうのではありませんか?境内の外へはブロックされている感がありますが、それでも長い月日のうちに少しずつ被曝したような感じになったのではないですか?それに対して、内宮の穏やかな氣は私たちに太陽の恵みのような効果を与えてくれるのかもしれません。ただ内宮の氣は遠くにあるために恩恵をもたらすのであって、もし近くに寄ろうとすれば脅威と変わるのでしょう。その意味で外宮は庶民に近いところに存在しているのかもしれません。

そしてわかったことがありました。私の親族に「荒御魂」のような強い力を発している人がいて悩みの種でした。彼女はいつも周りの人たちとうまくやれず、相手の自立を認めません。自分の思う通りに事が進まないと癇癪を起こして従わせるので相手は疲れ切ってしまうのです。こんな場合は納得してもらおうとせずに相手との距離をしっかり保たなければいけなかったのです。接近して説得しても彼女の力が大きすぎるのでこちらが疲憊するだけでした。戦わず遠巻きに見ているのが最善の策だとやっとこの時気付きました。

Posted by kozue : 22:18

2010年05月15日

改築中神社の神様はお留守です

神楽坂に行った折に赤城神社に寄りました。全面的な改築工事のため参道の門は閉鎖さられていましたが、良い『氣』だけでも頂こうと石柱の前にたたずみました。神社に感じる「霊気のようなもの」は全く無く、傍らの大木に手を触れて確かめてみても何も感じられません。変だなと思って少し周辺を歩くと左側から良い気配がするので、近寄ってみると仮の祭壇がしつらえてありました。みかん箱を数倍にしたような木の覆いの中にお神酒と鏡がちょっこんと置かれて、張り紙で「参拝はこちらでお願いします」とあります。改築中の立派な建物には似つかわしくない簡素さで拍子抜けしましたが、正面に立ち参拝するとすごい『氣』を感じます。それは『鏡』から発生していて、人為的に最近入れられたようでした。この現象に遭遇して、これまでの神様とか氣とか霊的な物に対する考え方が間違っていたことを知りました。

今まで、「霊気のようなもの」はその『土地』や古くからある『物』ーたとえば石、剣、仏像などーに存在していてそこに限定されたものだと理解していましたが、赤城神社の神様は本殿のご神体から何らかの手段で小さな『鏡』の中に移されていました。その神様の気配はかなりの強さを持っており、交感神経が興奮させられてやる気を出させるもので、これって高尾山の神社や奥沢神社でかって感じたことがありました。

真実を確かめるべく、奥沢神社の神主様を訊ねることにしました。善日に神社に参拝してると後ろから神主様に声をかけられました。アポ゚無しの初対面なので偶然にしては出来すぎね。そこでうかがった話を私流にまとめると、神様は私たちがお願いしておいでいただくのだが、お願いするには場所も人も時もきちんと整えなければいけないようです。神様は高いところや綺麗なものや正しいものがお好きなようで、そういうところにとどまり熱烈歓迎に応えられるのでしょう。でも、工事中でうるさかったり、下心ありそうな時は去ってしまわれるらしいです。神様の性格は大雑把に分けると、荒々しい武将タイプと穏やかな和平タイプがあるようで、それは親族的に受け継がれているらしいです。民衆の都合で、時代とともに神様の人数?も増え問題児も出現しました。だから旧来の単純な祈り方ではご利益が出にくくなったのかもしれません。私が感じている「霊気のようなもの」は神様の気配かもしれないし『氣』なのかもしれず、それが良いものだとは限らないそうです。

奥沢神社の神主様は『神様』と『氣』を分けておられましたが、私は同一線上にあるものだと考えています。全ての人に7~8種類の『氣のようなもの』が出ているのが見えます。他の動物や非生命体である物質、人工物からも同様に発生していて、出ている種類と数が違うだけです。その性質には神様の武将タイプと和平タイプが少しずつ含まれています。人間に交感神経と副交感神経が拮抗しながら働き生命を維持しているのも同じようなことかもしれません。『氣』を見れるようになってから「神は全てに宿る」という感覚が分かった気がしています。古代の人たちは『氣のようなもの』をみんなが感じて見ていたのでしょう。仏や菩薩やキリストやマリア様が背後に光輪を着けておられる姿は見たとおりを描写したものではないかしら。

『氣』が見えることで、病気の有無や幸運の招聘が分かればどんなにすごいかと妄想しますが、実際は何の役にも立ちません。これは特殊能力というより誰でも可能なものらしく、33名に『氣』の見方を教えたところ31名が見ることができました。実用的ではないけど見えた『氣のようなもの』が『神様』に連なっていると思えば、ちょっと素敵じゃないですか。それに神様はきちっとお願いすればお越しいただけるようです。しかし、ご利益を得られるかどうかは神様しだいなのかしら。

 

Posted by kozue : 19:49

2010年03月31日

私は強い人なのか?

先日、知人と話してる折に「あなたは強いからそんなことが言えるのよ!」と憮然とされてしまい、こちらこそ唖然とすることがありました。私の体が強いはずはないので、精神的なものが強いという意味なのでしょう。そう言われても「どこが・・?」って感じで参ってしまいました。今まで「強い」、「鈍い」、「粘い」、「太い」、「ちゃっかり」、「ぽっかり」、「しっかり」、という形容詞、形容動詞を私に被せる人がいても「何も知らないくせによく言えるわネ」と無視していましたが、何故こういう納得できないことを人様に言われてしまうのかきっちり分析しておくほうがイイかなと考えました。

知人は息子が職場の人間関係で悩んでいることで彼女も悩んでいました。なぜ彼はうまく人と付き合えないのか、なぜ明るくふるまえないのか、なぜ積極的な行動がとれないのかと気をもんでいました。でもそれらは彼女にも当てはまることですから体質みたいなもので、気に入らない遺伝を持ったと文句つけてもしょうがないわ。「今まで支障なくやってこれたのだから、それらの性格はたいしたハンディーではなさそうよ。」と言うと、「子供のことがいつも気になって、そんなふうには考えられない。」と答えが返ってきました。

こういう感じを母性とか愛情と呼ぶのでしょう。私は眼前に子供がいないとその存在はほとんど意識されません。それは友人でも、家族でも恋人でも同じです。夫との恋愛期間中もここにいない彼の存在は意識されることがないという事実に気づいていて、それを愛情の欠如だと恥じていました。私には愛する能力が足りないのだと確信していました。今ここにあることが私の世界の全てらしいのです。想像することは大好きですが、想像の世界を体験している自分しか実感がありません。夫ならば、子供ならばという仮定は成り立ちません。だから一人でいても楽しく過ごせます。友人や家族といても楽しいですが、いなければ彼らをほとんど意識しませんから、ときに周囲の人たちから薄情な人間だと思われるようです。友人からのお誘いはほとんど無くて、誘う時は必ず私からの一方方向であるのがその証明でしょう。やはり情が薄いというのでしょう、あるいは執着しないのかもしれません 。

小さいころからの私のイメージは『暗い冬の小道を這いながら、震えながら進む姿』であり、路傍の街灯や焚火などに遭遇すれば僥倖だというものなので、こんな最低の状況を人生のベースとしていれば何があってもしょうがないとあきらめられるわね。もうひとつ子供のころから考えていたことがあります。『自分は何を求めるか?』という問いに対する答えを見つけるというものです。中学2年生の夏休みにそれは一つの『スペル』を綴ることだと思いました。それからずっと綴らねばならぬ『スペル』を探していて50代半ばにやっとこれだろうというものがでてきましたが、まだ決定ではありません。これって大いなる一人遊びだと思いませんか。そうすると私に被された様々のことは合っていたことになります。ここまで書いてきてやっとわかりました。繊細さの反対にある野蛮な強さというものは個人の資質ではなくて家系が有するDNAなのだと。私の家族はフレンドリーでもなければ争い合っている関係でもありません。用事がなければ電話もしないし、正月でさえわざわざ集まることはありません。困った時は助けてくれず、必要ない時にはおせっかいしてきます。それぞれが勝手で相手に要求はするが期待はできないと思っています。この姿勢は表現方法が少し異なるだけで私の実家の者たちに共通します。そういえば父方の祖母に私はよく似ていると言われていましたが、祖母も同じような性格だった気がします。

 

Posted by kozue : 22:05

2010年02月21日

あー!アイキドウ・・

近頃、体のあちこちが痛むのを無視できなくなってきて何か手を打たねばと考えていた矢先、テレビを見てピーンときたことがあります。私の「運動不足を何とかせなあかん!」という思いと『竜馬伝』で主人公が「土佐藩をなんとかせなばいけん!」という気持ちがその瞬間一致したのね。竜馬が剣道の練習をしている場面に自分の姿をだぶらせるとしっくりしてカッコよく、ことに袴をつけて素足でツーツーと歩いていくところなんかがリアルに想像されました。それでこういう姿の運動が私向きだと結論したのですが、剣を(竹刀でも)持つのは危ないから同じような稽古着を着用する合気道がいいかも?となりました。

さっそくネットで検索すると合気道には流派がいくつかあり、それらを一つずつ無料体験することにしました。手始めに割と王道と思われるものから始めました。遠方にある道場に行くだけで疲れてしまったことと昼食をとり損ねたことで体がヘロヘロになってしまって、そこでの練習の間ずーっと畳のような床にへばっていました。でもそれが幸いしました、と云うのは強面の男性?ばかりでドタンバタンひっくり返っている中に私のようなヤマトナデシコが入るなんてとんでもないことね。指導者から「不向きではないか」との指摘があり、異議なしということでこちらは断念しました。

次はもっともっと軽めで近場がいいだろうと選んで行きました。道に迷ってしまい大幅な遅刻で飛び込むと部屋が暗く人のいる気配がありません。カビ臭いムッとする臭いが立ち込めており、なんか危なげな感じがするので帰ろうとすると奥から中年女性が出てきて受付けをしてくれました。間もなく生徒さんの女性が一人やってきて、先生と3人で練習が始まりました。合気道というより太極拳やヨガに近く、動作もゆっくりで、真似してやっているとあくびが出ますが他の2人は目を閉じてユラユラ金魚運動をしています。これは竜馬の精神とは異なると判断して入学を辞退しました。また無料だと思ったのに体験料はしっかりとられました。

「こんなんではいかん!」と腹を決め、ほどほどのところを選びました。早く着きすぎたので一人で道場の真ん中に足を崩して座っていると次々に生徒さん(半数が男子大学生であとは壮年男性)が入り口で挨拶して小部屋に消えてゆきます。ずいぶん丁寧な人たちだと感心して私も挨拶を返していたら、先生が入ってこられて私の隣に座りました。生徒さんはゾロゾロと道場の隅っこに向かい合うように整列していきます。てっきり私を紹介してくださるのだとすましているとなんか雰囲気が変です。端っ子のおじさんが隣の畳を指すので何?としばらく考えていたら、やっとそこが私の居場所だと気付きました。先生に「あそこですか?」と訊ねるとコックリするではありませんか。「それなら最初にきちんと説明しなければダメでしょう!」と言いたいところをぐっとこらえて末席に移動しました。稽古は2人ひと組になり受身の練習です。初めてなので先生が私の相手をしてくださいました。先生の進む方向を阻止するとごろっとひっくり返されます。体中ぶつけたり、でんぐり返しのできそこないをやったりして足がつったので「私の年齢と体験を考慮してやってください!」と大きな声を出したら先生は動かなくなりました。怒ったのか、あきれたのか判別できないのでそのまま練習を続けました。帰りに先生に「私はここでやってゆけそうですか?」と問うと「たぶん、大丈夫でしょう・・」とのこと。、『氣』が見える私は先生の『氣』の状態が弱気になっていると説明したら先生の口がOの字になってしまい、ここもやっぱり入学できないことを知りました。

さて次に下町の庶民的なところを選びました。生徒さんのほとんどが子供たちです。大人のクラスは人数が少なくてアットフォームな雰囲気です。今までの失敗を肝に銘じて教えられた通りにやったつもりですが、先生がしばらくすると訊ねられました。「今まで運動というものをやったことがないのですか?」「はい、本気で走ると足がもつれて転ぶので、運動は体質に合わないみたいです。」と素直なとこを見せたら、全員がひいた様になりました。でもここが合いそうなので授業料を払い込み、名前入りの稽古着を買いました。ところが丸顔の私を太っていると勘違いしたらしくてバカに大きい稽古着が届いてしまい、着ると重いカミシモをつけた案山子のようにしか動けません。「何回か洗うと体になじんできますよ。」と言われてもそれまでどうするのよ!

という次第で合気道を始めたのですが、1回やると1週間筋肉痛が持続するので、『体の痛みをとるために運動しよう』という本来の目的に反するのでは?との悩みが起きてしまいました。

 

 

Posted by kozue : 15:21

2010年01月20日

歳とって得なこと

わたし乙女の頃、自分は若くして世を去る運命だと思っていました。だってお姫様が歳とったという話はなくて、お婆ちゃんになってやることもおもしろくなさそうだし、若いうちにキレイなままで皆様の記憶に残ったほうがいいワというノリでした。。それで周囲の人たちにその話をすると鼻で笑われてしまい、「あなたは意地悪ばあさんになり、周りに迷惑をかけるタイプだ」とか「最後にチャッカリいいとこどりをして嫌われるタイプだ」とか「目的のためには手段を選ばず、恥も捨てる」などとメチャメチャ言われました。でも、「誰も私の真実は分からないのよ」と言い返す自分が本当は一番分かっていませんでした。とにかくアホな不遜な子でしたが、あっという間に月日は過ぎて予定死亡年齢の3倍以上になってしまうと若き日の思いと実人生がどれほどかけ離れたものかがわかります。わたしは太った大口を開けて笑うようなおばさんにはなりたくなかったし、しわくちゃの入れ歯をはめたお婆さんになるのも許せなかったのです。それまでは子供経験しかないから、年長者を外見のみで判断するしかなっかたのよ。でも中年になった頃だって思慮深さは見られず、老人になったら友達もいなくて体もガタガタですることもない暗い毎日が待っているのだと見当違いなことを考えていました。ところが、常に人生は想像を裏切るのね。還暦近くになるとだんだん地球の重力が減る感じで体も心も軽くなってきて、最近では変化が著明になりました。

まず第一の変化は、本や映画や遊びに没頭することができるようになったことです。良くいえば集中力が増したというか、他のことが気になりません。ただし一人ですることに限られますが、それを純粋に楽しむことができます。以前は、周りに気を配りながらできる範囲でやっていたことを全力疾走できます。それが許される立場になったからで、誰からも役割を期待されずにいることで時間も空間も自分のものになりました。

第二には、感受性が増したことです。若者のみずみずしい感受性、鋭い感覚についてはよく知られているのに、老人の感受性については聞いたこともなかったけど、確かに物事が鮮明にとらえられるようになりました。ことに『違い」について敏感になったと思います。 ものの見方、考え方は『違い』を知ることで形成されていくと考えているので経験が豊かな分だけ年長者が有利でしょう?感性は感覚器官からの情報を処理して自分の中に取り込んだ時の『驚き』といえるから、『違い』に敏感であるのは、すなわち感受性が鋭いことになるってなわけで、わたし感受性がビンビンになってきました。

以上から、 歳とって得するのはよ~く考えてみれば当り前で、誰からも必要とされない分だけ完全なる自由が保障されていますよね。青年の旗印は常に『自由を求める』だけど、誰でも老人になれば手に入るものだったなんて、わたし知らなかったワ。それにたくさん経験することが『違い』を細かく分類して『驚き』を大きくするなんて知らなかったし、今こう思っていることも10年先のわたしには「なんと子供じみたことを語っている」ということになるはずです。未来のわたしを推測することは絶対できないけど過去のわたしは知っているという事実の重さに氣づかなかったのネ。だから人生って面白いと歳をとると言えるのかも。

Posted by kozue : 11:09