こずえレディースクリニック 院長ブログ:東京都目黒区祐天寺駅近く女性外来・心療内科「こずえレディースクリニック」布施梢院長ブログ
2008年05月11日

過食とダイエット(その4)

私の子供時代の正月準備のメインイベントは〖餅つき〗でした。家事など一切しない父が暮れの30日には臼と杵を出してきて餅をつきました。子供たちはつきあがった餅をその場で母から丸めてもらい、あんこや砂糖入り黄粉とゴマ、大根おろしなどに入れて食べます。大好物でお腹がはちきれそうになるまで食べました。のし餅は切って雑煮と汁粉で食べるのですが、私は3が日で計30個ぐらいはいきました。正月中はおせち料理と初もうでに買った人形焼き、お年始のいただき物の菓子などを炬燵でみかんと一緒に食べ続けました。そして、鏡開きの汁粉を食べ終えた翌日は体重が4㎏増えていました。 というわけで、またダイエットを開始しなければいけない状態になりました。

正月ぶとりはほとんど炭水化物過剰摂取によるものなので、栄養的にはビタミンやミネラル、アミノ酸などが欠乏しています。そのため体が飢餓状態にありダイエットを受け付けず、食欲を抑えることができませんでした。すぐに短期ダイエットはあきらめて、これ以上太らないことでヨシとしました。

まず、炭水化物を減らすことにして、ご飯を3分の1にしました。その代り温野菜にオリーブ油と塩少々を振ったものを加えて他は変えません。間食は1日1回、夜のみとしました。(ダイエットの王道では、甘いものを寝しなに摂るなんてとんでもないことでしょうが、私の家では9時ごろに家族が集まり、菓子と果物を食べお茶を飲むのが習慣でした。この習慣だけは50年以上続けていますが、脳細胞にも、心にも良いことだと確信しています。)それで夜のお茶菓子は1種類だけ、果物は半個にしました。でもちょっとわびしいのでコンデンスミルクを紅茶やミルクに入れて、あるいはなめていました。(コンデンスミルクをなめるのも私は生涯続いているのですが、おかげで骨太自慢です。)

こうして今で言う、低炭水化物ダイエットのハシリをしたと言いたいところですが、本来の食事のバランスを取り戻しただけでした。この食事を数か月続けていると体重は2㎏ほど減りました。私は例年、春から夏にかけて代謝が亢進するらしく、食べる量が同じでも体は少しづつしまっていきますので、夏休みをうまく乗り切れば秋、冬の寒さのために太らずにすみ、何とかリバウンドしないはずでした。前回の夏休みぶとり屈辱体験をバネに夏は昼の間食にはキュウリ、トマトと水を摂りました。外食した時はせっかくなので、しっかり食べましたが、後の2日間は少なめの食事にして3日で総カロリー数を一定になるように調節しました。この方法はその後かなり長く続いていました・・というのは、更年期を数年過ぎて体が安定してくるとダイエットなどしなくても太らなくなるからです。これについての詳しいことは後で書きますネ。

こうやって、受験時期も乗り越えて大学に入学したころには標準体重をやや下回るくらいの体型でした。大学では寮に入りました。そして大きな落とし穴があったのです。

Posted by kozue : 23:38

2008年04月09日

過食とダイエット(その3)

自分のペースで食事をとるにはどうすればよいかの答えは2つです。①自分で食事を作り、または用意してそれのみを食べる。②用意された食事から自分の分のみ取り分けて食べる。私は簡単な②を選択しました。大皿に大盛りにして食卓に出したい母は、私が自分の分を取り分けているのを情けなさそうに見ていましたが、反対はしませんでした。そして先に食べ終えてしまう私は、家族の団らんに水を差すのも気にせず席を立つことにしました。今までの90%ぐらいの食事量にしたので食後に物足りない感じで落ち着きません。そこで、紅茶に甘味を加えて1杯飲むと安定しました。これで摂取カロリーを10~15%抑えることができ、高校1年生の4月から夏休み前までに2キログラム体重がおちました。

しかし、問題は学生時代の夏休みに必発する激肥りにありました。暑さに弱くクーラーにも弱いので、家でゴロゴロしながら、夏期限定の西瓜やカキ氷、アイスクリーム、トウモロコシなどをあるだけ全部、食間につめこんで無茶食いしました。その年は食事を減らした分のつけが回ってしまいかなりの摂取カロリーで、完全なリバウンドでした。結果、9月の新学期には丸い顔がさらに腫れて、腕も足もムッチリとなり、スカートのボタンがはじける悲惨な状況に陥りました。級友たちの私に注がれる驚きのまなざしに屈辱でキレそうでした。ところが、この大きな『恥』の意識を若年で持てたことがその後のダイエット人生にとても幸運に働きました。次の夏休みはもちろんのこと、体重が変化するような出来事があれば、高1の屈辱体験を思い出すとかなりのことは乗り越えられました。恥をかくというのは、次の恥をかかないために必要なことだと理解しました。

しかし生きるというのは大変で、 秋になりうすら寒い日が続くと空腹感が増してきて今までの食事量では我慢できなくなりました。ゆったりした洋服を好んで着ていたせいもあり、あの日の屈辱が薄れていきそうでした。そこで食間~食前にマグカップ1杯の熱いミルク紅茶とビスケット3枚(またはクラッカー4枚、またはせんべい2枚)を食べることにしました。空腹時に熱い飲み物を多めにとることがミソです。インスリンの分泌と代謝の促進に影響するのですが、当時の私はもちろん知らずにやっていました。寒さが厳しくなると、体温を維持するために体に必要なカロリーが増えるので、食事量を変えなければその分痩せてくるはずです。それに、年末は大掃除とか買い物とかでよけいに動くこともあり、なんとか順調に痩せてきました。そして大変なお正月を迎えたのです。

Posted by kozue : 23:23

2008年03月20日

過食とダイエット(その2)

過食は医学大辞典(医学書院)で調べると多食症で記載されています。食欲が異常に亢進し、大量の食物を摂取する状態とあります。食欲は視床下部腹内側核の満腹中枢と外側核の空腹中枢とのバランスによって調節されています。これらの食欲中枢に対し神経情報のほかに血中のグルコース、インスリン、遊離脂肪酸などが影響を与えると記されています。

この空腹中枢が興奮するとそのインパルスが空腹感や食欲を引き起こして摂食行動をとるらしいのです。

ところが過食症の患者さんは空腹でないのに、さらにまた食べてしまうのです。どうも上記以外に、摂食行動を起こさせる精神的な要因があるらしいのです。文献的にもセロトニンと摂食量には関係があるされていますが、まだ明確なことはわかっていません。

さて、私の家族の食欲について述べてみましょう。私たち3姉妹は幼児期、食欲は普通でしたが、その後食物の嗜好が違ってきました。長女の私はすごい甘党で、三女は辛党ですが次女は甘辛両党です。ゆえに次女は長女と三女の両方につきあい摂取カロリーは1.4倍ぐらいになりました。母は甘党で家には甘い物しかなかったので、小学校まで長女と次女は同じ食生活でしたから体型もほとんど同じでした。しかしお小遣いが使えるようになると、次女は好みの幅を広げてゆき、自分で買っても食べるようになり、それに比例して体重も増えてゆきました。三女はというと好きなものが家にないことが多く、ケチでもあり、買い食いは全くしなかったのでガリガリに痩せていました。

家の食卓は、母と次女の食欲により、父がいれば彼も加わり、彼らの箸の活発な動きとスピードでかなりのにぎわいがありました。それに遅れまいと私の箸も動き、氣づくと食事量が増えています。私は食欲がないにもかかわらず、なぜ食べてしまうのか不思議でした。

食欲が異常か否かを判断する基準ははっきりしていませんが、私の体重増加は食べ過ぎによるもので、過食症ではないと思われます。なぜならムードに流されて食べているのであって、家族の食事が済んでからは一人で食べることがないからです。

そこで、私のダイエットの第1目標は、自分のペースで食事をとることにありました。

Posted by kozue : 14:54

2008年03月12日

過食とダイエット(その1)

重いコートを脱ぐ季節になるとダイエットに関する広告が目につきます。冬太りしてしまうと薄着になるのに気が重く、夏の初めまで何とか痩せようと決心するのですが、多くの人は思うようにゆきません。

最近、過食で悩む女性が急増しています。女性に過食の習慣がつくのは思春期を過ぎる頃が多いようです。思春期には女性ホルモンが活発になり、ホルモンの作用で皮下脂肪を蓄えて魅力的な曲線を作ろうとします。そのため食欲が増してきて、子供のころの軽い頼りない体とは違うしっかりした骨格を形成します。

私も中学生で、初潮をむかえたころから少しずつ食欲が増してきました。学校から帰ると用意されているおやつだけでは我慢できず、家にあるものをお腹いっぱい詰め込んでしまいます。いつも何か食べたくて、まわりの大人がおいしそうな食事や菓子を食べ残したりすると、なぜ残すのか理解できませんでした。この時期は、体細胞の数が急激に増加するため多量の栄養を必要としていたのでしょう。グロススパートといって成長期は1年間で体重も身長もぐんと増えます。私は1年半の間にグロススパートがほぼ完了しました。だからその後は、細胞の維持に必要なだけの栄養で十分なのに、今までの習慣で多量に食物をとっていました。結果、それに比例して体重も増えてゆき、中学卒業時にはかなり太っていました。

多くの女性のダイエット願望はここから始まるのです。私も例にもれず、ダイエットを決心しました。

私の家族は両親と娘3人ですが、父も母も生涯超肥満体ですし、3人娘の一人も小学高学年から肥満体でした。そして面白いことに、それが私の肥満体の将来にストップをかけてくれたのです。なぜかというと家族の肥満体を製造した元凶である母は食事作りに際して、自分の食べたい物ばかりを用意します。それも大量に用意して、必ず余らせないと気がすまないのです。「こんなに残してしまってもったいないわ!」と言いながら自分のお腹に始末します。そのため母は記憶にあるころから日増しに大きくなりました。授業参観日に教室に入ってくる母は他のお母さんの2倍の横幅がありました。クラスのガキ大将らは「お前の母さんは大デブだなあ」と告げます。子供心に『こんなに子供に恥ずかしい思いをさせるような母親には絶対になるまい』と思わせてくれました。母はそんな私の思いには無頓着で、家の食卓には大皿に料理がてんこ盛りになって出てきました。こんな家の風潮がボーデンにあってグロススパートを過ぎたころには私もボッテリ体系になっていたのですが、目前の母の姿がダイエットへの強い決心を後押ししてくれたのです。

Posted by kozue : 23:07

2008年01月07日

元旦正午の駅前通り

P1010175.JPG                         いつも通る駅への道は正午なのに歩行者のいない歩行者天国のようです。

Posted by kozue : 20:13